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今朝、「最後の登校に行ってくるね。」と出かけて行った子モグラ。

そうです、今日は高校生活最後の【卒業式】。



あっという間の3年間でした。





中学生の時、自分で決めた学校・・・・・工業高校・・・・・
私が普通科の高校をおすすめしても考えは変えなかった。

そして何とか第一希望の高校に入学できた。
新学期が始まって、実習が面白いと目を輝かせていた。

関数電卓をやったり、溶接をやったり、製図をやったり・・・ 本人にとって、とても楽しい授業だったようです。

だんだん専門用語が飛び出すようになり、私には理解出来ないことが増えていった。

それと並行して、国家資格の受験もあったりした。 こちらの結果は受かったり、落ちたり・・・(笑)。

1年のころは工業科の授業は順調に理解出来ていたらしい。(あくまでらしいですが・・・)

2年になって途中から授業が急に理解出来なくなってきたらしい。
周りの友達もみんな理解出来なくなってきたらしい。
先生に相談したら・・・
今はそれでいい。3年になれば今やっていることがつなっがて理解できるようになる。
と言われたそうだ。
そんなこと言われてもね〜〜〜。
そろそろ進路を決めなくてはならない時期なのに授業がわからなくては、この先この仕事についていいものだか?
本人は真剣に工業以外の道を考えていたようです。

それでも3年になって・・・。
ある日「やっとわかってきたよ。」っと言ったことがありました。
それからは工業での就職を目指して頑張っていたと思います。


3年生恒例の修学旅行は・・・
悲惨なものだったようです。
人生で初めての海外旅行。
なのに「行かなきゃよかった、時間を返せ。」
って、ちょっと悲しいですね。
一番の敗因は食事がまずかったこと。

食べること大好きがだからね。


そして部活は中学からやっていたバドミントンを続け、
試合のたびに東京都を東から西までいろいろなところに行った。
私も追っかけで3年間、子モグラが出る試合は観に行った。
東京都って意外と広いんだなぁ〜、って感じました。
一番遠かったのは八王子市の体育館だったかな???
1年生の合宿の前に半月板を痛め、それでも合宿に参加して、かなり無理をした。
それからは膝の痛みとうまく折り合いをつけながら、3年まで部活を続けた。

団体戦で3位入賞という結果を残してくれました。


そんなこんなの高校生活、レポート提出や課題の作成。
普通科よりもやらなくてはならないことが多かったのではないかと思う。
それでも3年間、思いはブレずに獲得した【皆勤賞】。



私が仕事で先に出かけてしまっても、1回の遅刻もせずに通っていました。
ずっと「いってらっしゃい。」と声をかけてあげることが出来ませんでした。
3年の10月から私の仕事が変わって、週に2回「いってらっしゃい。」と送り出すことが出来るようになり、
とっても嬉しかった。
それも長くは続かなかったけど、時間が変わって朝一緒に出られる日も何日間かあった。
ほんの10分くらいの道のりを一緒に歩いた。
ささいな会話があったりして楽しかった。


1年の時よりも2年。
2年の時よりも3年。
どんどん大人になってきてそしてとうとう卒業。





4月からは社会人です。
親は子供の成長が嬉しいはずですが・・・・・


もっとゆっくり大人になってもらいたかったな。

2015年3月7日(土 )       











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